ヒトヘルペス6型―突発性発疹、熱性痙攣、慢性疲労症候群からうつ病まで―


 ヒトヘルペス6型(以下HHV-6)は突発性発疹をおこすウイルスとしてよく知られています。突発性発疹は生後4ヶ月から1歳に好発し、2歳までに大半の子どもが罹患します。家族内感染すると言われており、母親から感染するものと思われます。2週間の潜伏期ののちに38〜40度の高熱を出しますが、赤ちゃんの体としては全く良好な場合が多く、突発性発疹の発熱時に軽度の咳や下痢を伴う程度であります。また突発性発疹では中枢神経に感染しやすく、突発性発疹になった赤ちゃんの1割程度が熱性痙攣(けいれん)を起こします。
 突発性発疹は一度なると同じウイルスでは発病することのない病気ですが、まれにヒトヘルペスウイルス7型にも感染して突発性発疹を起こす場合もあり、突発性発疹が2回発症したかのように思える場合もあります。突発性発疹に一度なると、HHV-6は唾液腺の細胞などに潜伏感染します。このウイルスの潜伏感染が一生続くことによって、一生を通じて突発性発疹の免疫を得、一安心となるところですが、HHV-6はときに宿主の変化を嗅ぎ取り、宿主の危機を感じるとあたかも他の宿主に鞍替えしようとするがごとく再活性化〜再増殖し、宿主の危機を増悪させるのです。HHV-6を含むヘルペスウイルス属はこのようにヒトの免疫と徹底抗戦することなく軽い感染症状でヒトの体内に侵入し、生涯ヒトと共生していくという極めて進化したウイルスなのです。HHV-6は中枢神経と免疫細胞に親和性が強く、再活性化によりこれらの臓器に障害を及ぼすことが報告されています。以下のような病気とHHV-6の関連が疑われています1)
中枢神経;熱性けいれん、脳炎、多発性硬化症、慢性疲労症候群、うつ病。
免疫系;リンパ腫、AIDSの悪化(AIDS白質脳症、Kaposi 肉腫)、薬剤性過敏症症候群、免疫抑制時の全身感染症1)
@中枢神経への関与
 HHV-6は中枢神経系への嗜好性が強く、とくにグリア細胞に親和性が強いといわれています。このHHV-6が人の脳に潜伏していかなる害を及ぼすかは、1980年代より研究されていました。最初にHHV-6が注目されたのは慢性疲労症候群 ( 以下CFS ) との関係でした。米国のある地方でCFSの集団発生があり、その症例の半数にHHV-6の再活性化が認められたのです。また長い間心因性と考えられてきたCFSを仔細に分析してみると明らかな免疫異常が発見され、HHV-6犯人説を支持する根拠ともなりました1)
 HHV-6は原因不明の脳疾患の多くの症例の脳から発見されています。CFS、精神疾患、認知症、原因不明の脳炎、てんかん、多発性硬化症などです。その組織学的特徴はほとんど炎症細胞を認めず、ジューシー細胞と呼ばれる風船状の細胞が認められることです1)。HHV-6によるこれらの疾患はなりやすいヒトとなりにくいヒトがあり、感染症の病原体を特定する際の指針のひとつ、コッホの4原則(@ある一定の病気には一定の微生物が見出されること Aその微生物を分離できること B分離した微生物を感受性のある動物に感染させて同じ病気を起こせること Cそしてその病巣部から同じ微生物が分離されること )を満たさず、100%その疾患の原因とは断定されていませんが、現在でも研究がすすめられ、うつ病などの気分障害を引き起こすHHV-6潜伏感染遺伝子SITH-1なども発見され、従来、“機能的”と考えられてきた精神疾患にもHHV-6感染の関与が疑われ、解明が進んでいます2)
A免疫系への関与
 HHV-6 はT リンパ球,単球・マクロファージ,樹状細胞などの免疫担当細胞に感染して様々な形質変化をきたすことが知られています3)。まず問題視されたのはAIDSにおいてHHV-6 は免疫低下を助長させ、また発症を促進させるのではないか?という疑問です。実際、AIDSでは高率にHHV-6の再活性化が認められ、同じCD4細胞に重感染することがわかってきました。試験管内ではHIV-1とHHV-6 の共同作用が認められていますが、実際のヒトではまだ疑われている段階です。しかし、骨髄移植患者や進行したAIDSなどでは脳炎や肺炎をおこすことは事実であり、サイトメガロウイルス感染症として加療されているようです。
 薬剤性過敏症症候群(以下DIHS)の原因はほぼHHV-6が関与していることは間違いなさそうです。しかし、何故特有の薬剤投与でHHV-6が再活性化するのでしょうか?しかも一旦発症すると、効果的薬剤はステロイドのみでさらに免疫を低下させる薬剤なのも不思議です。HHV-6に唯一効果的な抗ウイルス剤であるガンシクロビルも無効のようです4)。推測ですが、特有な薬剤がHHV-6に対して宿主の危機と誤認させることでHHV-6が再活性化するのでしょうか?
 このようにHHV-6は従来考えられていなかったような疾患にも関与していることが疑われています。ある疾患への罹りやすさ、というのは遺伝的に決定されている部分もありますが、可能であれば予防したいものです。
 以下、私見です。
 @ HHV-6のように生涯いつかは感染するようなウイルスにはしかるべき時期に感染するのが良いのではないかと推測します。免疫が待ち構えているときにHHV-6が感染をおこすと、一生仲良くやっていけるのではないでしょうか?一般的にHHV-6の感染は月齢9〜21ヶ月であり、これより遅くなりすぎると問題が生じるのかもしれない?勝手な想像です。
 A HHV-6が宿主の危機と察知されないようにする。例えば、極度の疲労をさける、余計な薬をのまない、ストレスを溜め込まない、などです。
できれば、一生、HHV-6と仲良くつきあっていきたいものです。
                           
 平成23年8月25日



参考文献
1) ニコラス・レガシュ著 二階堂 行彦訳 : 襲いくるウイルスHHV-6 ? 体内に潜む見えない侵入者を追う ? . ニュートンプレス , 東京 , 2000 .
2) 東京慈恵会医科大学 ウイルス学
http://www.jikei.ac.jp/univ/gradu/rsch/04_04.html    
3)安川 正貴: HHV-6 感染症―薬剤性過敏症症候群を中心として―. 感染症学雑誌別冊2009 ; 83 : 427-428 .
4)壇 和夫 : 薬物による健康障害の早期発見とその対策―ウイルスの再活性化と多臓器病変を伴う重症薬疹 . 日本内科学会誌 . 2007 ; 96 : 1883 - 1887 .