カンピロバクター腸炎―この厄介な感染症―


         
 感染性胃腸炎は、主に腸管にウイルスや細菌が感染し、嘔吐・下痢などをひきおこす病気です。大半が自然治癒傾向にあるので、軽症であれば原因の微生物の種類にかかわらず抗生剤を使用せず補液・食事療法・整腸剤などの対症療法のみ行うのが基本です。これはもともと本人がもっている腸内細菌を、抗生剤投与でかく乱しないほうが治りがはやいという理由からです。無論、季節性、集団発生の有無、原因と考えられる水・食品の有無、渡航歴、ペットの有無などで原因微生物を類推することはとても重要なことです。病原大腸菌やサルモネラが原因と推定されるときには早めの抗生剤投与が必要と考えるむきもあります。
 当外来で軽症の下痢でかつウイルス性と臨床診断したにもかかわらず、下痢が1週間以上も続く場合に便培養すると、カンピロバクターが培養されることが多いように思われます。それはカンピロバクター腸炎は潜伏期間が長い(3〜7日)ため患者さんが原因食品を覚えておらず、医師が原因微生物を類推しにくいという背景もあります。
 カンピロバクター腸炎は細菌性では原因として一番多く、症状は他の腸炎より腹痛が強く、下痢の回数も多い傾向があるそうです。従来からいわれている血便はさほど多くないようです。いずれにしても症状からの病原診断は困難です。また、不顕性感染も頻度は不明ですがあるそうです
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 カンピロバクターは鶏や牛、豚などの腸管内に生息し、汚染された食肉や臓器、飲料水などを摂取することにより感染します。非常に少ない菌量(100個)で発症することが特徴です。原因食品としては鶏肉が多く、鶏肉をしっかり加熱することにより感染のリスクを70%減らせることが可能なようです。特に輸入鶏肉のカンピロバクター汚染率が最高でも42.9%であったのに比較して国産鶏肉の汚染率は80〜100%にのぼると報告されています。しかもカンピロバクターは乾燥や大気中の酸素に弱く、通常なら保存中に菌量は少なくなっていきますので、一番あぶないのは新鮮な鶏肉だそうです
2)。つまり、国産の新鮮鶏肉はまずカンピロバクターがいると考えて間違いありません。予防法としては@しっかり加熱する。A生肉と生食品の接触をさせない。B沢水を飲まない。C小児ではペットからの感染に注意する。
 治療はマクロライド系の抗生剤です。他の腸管感染症に投与する抗生剤を使用してはいけません。

 カンピロバクター腸炎は先に記述したようにマクロライド系抗生物質で治癒する病気ですが、たまに重篤な合併症が発生します。ギランバレー症候群(GBS )とフィッシャー症候群( FS )です、ギランバレー症候群はキャンピロバクター腸炎後(32%)、マイコプラズマ肺炎後(5%)、ヘモフィルス気管支炎後(3%)、サイトメガロ感染後(3%)(括弧内の数字はGBS / FS の病原菌判明したものの割合です)などに罹り改善したのち1〜3週後に突然発症する四肢筋力低下を主とする末梢神経の病気です。カンピロバクター腸炎後1000人に1人ぐらいの確率で発症するのではないかと推測されています。症状は1ヶ月以内にピークに達し、呼吸障害や高度の自律神経障害で死亡することもあります。GBSの年間発症率は10万人あたり1〜2人であり、まれな病気と思われがちですが、小児から高齢者までのあらゆる年代で発症するため、各人が生涯を通じて罹患する頻度は約1000人に1人とかなり高い病気なのです。現在、GBS は急に四肢が動きづらくなった病気の原因として最も頻度の高い病気であると言われています。男女比は1.5 : 1 とやや男性に多い傾向があります。GBS は以前考えられていたような予後のよい病気ではないこともわかってきました。英国の調査では、死亡8%、1年後の四肢麻痺臥床4%、独歩不能9%、歩行不能17%など恐ろしい報告があります。またGBS を発症したひとの25%に人口呼吸を要し、その離脱期間は3〜4週間になるという報告もあります。フィッシャー症候群( FS )はGBSの亜型で GBS ほど重篤ではなく後遺症も少ないようです
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 GBSの原因として明らかになっているのはカンピロバクターに対する抗体が自分の神経を攻撃してしまうという自己免疫の機序です。カンピロバクターのある血清型(O 19 型)がGBS を起しやすいというデータもありますが、もちろん個人の免疫の強さ、タイプに左右されることはいうまでもありません4)。

 カンピロバクター腸炎は抗生剤をのめばよくなるという簡単な感染症ではありません。GBSという恐ろしい合併症を考えると絶対におこしてはいけない感染症と考えています。

                       平成22年10月14日

参考文献
1)大西 健児ら: 第82回日本感染症学会から . Medical tribune 2008 : 41 : 20 - 26 .
2)春日 文子 : 国内流通鶏肉の8〜10割が汚染、カンピロバクター食中毒が増加中 .
Medical tribune . 2010 :
http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtpronews/1001/1001071.html
3)桑原 聡 : 免疫性末梢神経障害の病態と治療 . Guillain - Barre症候群を中心に .
日本内科学会誌 . 2010 : 99 : 305 - 309 .
4)IASR カンピロバクター感染症とギランバレー症候群
   http://idsc.nih.go.jp/iasr/20/231/dj2313.html