ピロリ菌は退治すべきか?


 ヘリコバクターピロリHelicobacter pylori ( 以下 H. pylori )菌は胃に感染する細菌で、胃癌や胃炎の原因として新聞・テレビで報道され皆さんが広く知るところとなりました。従来、消化器内科の医師が診療にあたってきました。しかし、近年、本菌は、全身疾患の原因となりうることが少しづつ報告されてきました。特発性血小板減少性紫斑病、特発性慢性蕁麻疹、偏頭痛、レイノー病、関節リュウマチ、高血圧、ウエージナー肉芽腫症、その他いろいろな疾患との関連が疑われています1)

 一方、本邦のH.pylori 感染者は5000万人以上と推定されていますが、胃癌総患者数は数10万人にすぎず、感染者のほとんどは無症候性の胃炎をおこすのみであります1)。したがって、むやみに恐れず、やみくもに治療をしない態度が必要な感染症と考えられます。

 今回H.pylori 感染に関して

. H.pyloriの病原性の差

. 感染個体の防御反応

. 問題となる疾患の原因の多様性

        について考えてみたいと思います。

. H.pyloriの病原性の差

 H.pyloriの持つ毒素として空胞化毒素(VacA)とエフェクター分子CagAがよく知られています。特にVacAは最近の研究で、胃上皮への空胞化障害のみでなくさまざまな生物活性を有していることがわかってきました。ちなみに本邦の胃潰瘍患者さんから分離されたH.pyloriの70%から、胃炎の患者さんの30%からVacAが検出されております。またCagAは感染後、胃上皮に注入され細胞分裂など重要な影響を及ぼすことがわかってきました。本邦のH.pyloriは100%CagAを有しているようです2)。西洋型のH.pyloriCagAの保有が少なく、インドではH.pylori感染が多いのにも係らず、胃癌が少ない理由であると考えられています。

. 感染個体の防御反応

古くより、同じH.pylori菌をマウスに感染させても胃炎を生じるマウスと生じないマウスがいることがわかっていました。また本菌の胃炎発症には、本菌が小腸内のリンパ組織に取り込まれることが重要であることもわかってきました2)。つまり、胃炎発症にも個体の免疫反応が必要なのです。H.pyloriはヒト血液型Lewis抗原と同じ構造を表面にもち、感染個体はそれに対して抗Lewis抗体を産生し、これが個体の各臓器を攻撃し、多様な自己免疫疾患をひきおこすことも疑われていますが、まだ推論の段階です1)

. 問題となる疾患の原因の多様性

病気はさまざまな原因でひきおこされます。H.pyloriで一番問題になっているのが胃癌の発生ですが、胃癌の原因は他の原因として、塩分の摂りすぎや塩蔵品(塩辛・練りうに・塩蔵魚卵など)が明らかとなっております3)。塩蔵品を多食する中国の検討で、H.pylori除菌により胃癌予防効果の有意差が得られなかったのはこういう理由からかもしれません3)。また、特発性血小板減少性紫斑病(ITP)に対する本菌の除菌効果は本邦では60〜70%という高い有効率を示していますが、米国での有効率は10〜30%と低く、除菌治療は評価されていません1)。この差についてITPの原因に地域差があることが推測されていますが詳細は不明です。

 以上、いろいろ書いてきましたが、H.pylori除菌について現在大きなデメリットは報告されておらず、また除菌治療薬も大きな副作用がないことより、私たちはH.pylori 除菌治療を否定するものでは決してありません。しかし、H.pylori除菌の保険適応疾患は現在、なお限られており、自費による除菌だと薬剤のみで6000円近くかかります。

 H.pyloriについて悩むことがあれば、一度相談にこられてください。

                    平成22年2月15日

参考文献

1)大田美智男:Helicobacter pylori感染と自己免疫疾患、特に免疫血小板減少性紫斑病 . 感染症誌 . 2010 ; 84 : 1 ? 8 .

2)平山壽哉:ヘリコバクター・ピロリのVacA毒素受容体と毒性発現に関する研究 . 日本細菌学雑誌 . 2007 ; 62 : 387 ? 396 .

3)鎌田智有ら:胃癌に対する一次予防〜文献的reviewを中心に〜 . The GI forefront . 2009 ; 5 : 22 ? 26 .