B型肝炎ウイルスの再活性化が増加しています


 B型肝炎はB型肝炎ウイルス(HBV)が血液・体液を介して感染して起きる肝臓の病気です。HBVは感染した時期、感染したときの健康状態によって、一過性の感染に終わるもの(一過性感染・急性肝炎)と数十年にわたり感染が継続するもの(持続感染・慢性肝炎)とに大別されます。
 思春期以降にHBVに感染すると、多くの場合一過性感染で終わります。感染の原因のほとんどはHBV慢性感染者との性的接触によるものと考えられています。最近、都会で流行している性的接触で感染するgenotype A の感染では25%が慢性化するともいわれています。しかし、一般的には一過性感染であり、血液中からウイルスが排除され、抗体が検出され、いわゆる治癒した状態といわれます。
 一方HBVが慢性感染している人の大部分は、母親がHBVの持続感染者で、出産時に産道出血によりHBVが新生児の体内に侵入することにより感染します(母児感染)。その他乳幼児期に医療行為、口移しの食事、傷口からの出血など何らかの理由で、HBVの持続感染者の血液・体液が体内に侵入すると、持続的な感染を起こします。ところが思春期を過ぎると自己の免疫力が発達し、もともと生まれたときから体内に存在したHBVを病原菌であると認識できるようになり、白血球(リンパ球)がHBVを体内から排除しようと攻撃を始めます。この時リンパ球がHBVの感染した肝細胞も一緒に壊してしまうので肝炎が起こり始めます。この状態を慢性B型肝炎とよびます。一般に10〜30才代に一過性に強い肝炎を起こし、80〜90%がウイルスを血液中から排除し、残る20〜10%のひとがHBVを排除できず慢性肝炎が持続し、一部が肝硬変、肝がんと進展していきます。
 つまり、従来、B型肝炎の治癒した状態といわれているひとは、急性肝炎が治癒したひとと慢性肝炎が治癒したひとの2つのグループが存在します。この人たちはB型肝炎に以前罹ったひとで抗体も持っているので一生B型肝炎に無縁であるといわれてきました。ところが、こういう人たちに抗がん剤や強い免疫抑制剤を投与すると重篤なB型肝炎が発症することが2000年代になりわかってきました。これをHBVの再活性化(de novo肝炎)といいます。近年、B型肝炎から回復し、抗体(HBs、HBc抗体)が検出された後10年以上が経過しても感度が良い方法で検査すると患者さんよりHBVが検出され、HBVに対する免疫応答も維持されていることが明らかになりました。つまり従来治癒したといわれていた人の肝臓内には微量のHBVが存在します。しかしHBVが増殖できないように免疫が監視できている状態が従来いわれてきた臨床的治癒と現在では理解されています1)。つまり、HBV感染がおこると一生HBVを排除することはできないのです。水痘になって治っても体内にウイルスが潜んでいて体が弱ったときに帯状疱疹になる関係と同様なことが起こっているのです。
 HBVの再活性化のリスクは疾患の種類と使用される薬物により大きく異なります。一番報告が多いのは、悪性リンパ腫にrituximabを使用したときで、HBs抗原陽性だと50%に再活性化が起き、それによる死亡率は4〜40%になると報告されています2)。HBc抗体陽性でも4%におきたという報告もあります。次に多く報告されているのは乳がんの患者さんです。これは使用される抗がん剤の種類によるものと思われ、特にアントラサイクリン系抗がん剤とステロイドホルモンの組み合わせで起こりやすいそうです。ステロイドホルモンは免疫抑制効果とは別に、HBVに直接作用してHBVを増殖させる作用があるそうです2)。悪性疾患のみならず良性疾患でも関節リウマチに抗TNF-α剤を投与したときなども多く報告されています。過去、HBV再活性化をおこした薬剤は抗がん剤、免疫抑制剤など約30種類に及ぶ薬剤の報告がされています3)。おこしやすい患者背景としては、男性、若年者、そして当然HBs-抗原陽性患者があげられています。
 日本肝臓学会から血液悪性疾患に対する抗がん剤使用前のB型肝炎ガイドライン、日本リウマチ学会から免疫抑制剤使用前のB型肝炎対策ガイドラインの提言がなされています4)。それによると治療前にHBs抗原、HBc抗体、HBs抗体をスクリーニングし、どれかが陽性であれば要注意対象者となります。もちろんHBs抗体陽性者はHBVワクチンの既往を確認します。免疫抑制剤や抗がん剤といってもその種類や量はまちまちで、その患者さんにどれぐらいの確率でHBV再活性化が起こりうるか?などデータもなく、全く不明です。したがって、これらのHBVのマーカー(HBs抗原、HBc抗体、Hbs抗体)、が陽性であれば、肝臓内科にコンサルトするよう薦められています。基本的にはHBV-DNA定量を行い、陽性なら核酸アナログ投与、陰性なら免疫抑制剤投与後、毎月HBV-DNA定量を測定し経過を観察することとなります。核酸アナログの予防投与はHBs抗原陽性例には奨められていますがそれ以外はデータがなく肝臓専門医の意見にしたがうこととなっています。しかし、これらのガイドライン〜提言の検査・治療はすべて保険診療で行えるわけではなく、どこまで可能であるかも地方自治体によって異なり、ここに大きな問題点があります。
HBV再活性化についてのまとめ
@ 高齢化にともない、HBVの臨床的治癒といわれるヒトが今後増加していくことが予想されます。それらのヒトが悪性疾患や関節リウマチになり、新しく開発された抗がん剤、免疫抑制剤の治療をうけることにより、今後もHBV再活性化が増加することが予想され注意が必要です。
A 加齢のみでHBV再活性化をおこした報告があり、高齢者の肝障害は薬剤性のみでなくウイルス性の可能性も考える必要があります。
B すべてのHBVマーカーが陰性であるのにHBV再活性化をおこした報告があり3)、こういうケースでは診断不能です。
C 一旦、HBVに感染したら生涯、再活性化の危険があり、また、ごくわずかな量のHBVによる肝がん発生の危険もあるためワクチンによる感染予防が重要で、若年者すべてに接種するユニバーサルワクチネーションが望まれます。
  平成23年10月3日

参考文献
1 ) 田守 昭博ら : occult HBV感染とはなにか . medicina 2010 ; 47 :484 - 485 .
2 ) 大岡 美彦 : 免疫抑制・化学療法時のB型肝炎再活性化予防とその問題点は? .
内科2011 ;107増大号 : 1112 -1118 .
3 ) 早田 哲郎: 免疫抑制・化学療法によるB型肝炎ウイルス再活性化とその対策 .
福大医記2009 ;36: 235 - 241 .
4 ) 坪内 博仁ら : 免疫抑制・化学療法により発症するB 型肝炎対策―厚生労働省「難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究」班劇症肝炎分科会および「肝硬変を含めたウイルス性肝疾患の治療の標準化に関する研究」班合同報告― . 肝臓 2009 ; 50:38 - 42 .