成人のおたふくかぜがしばしば受診されます


 はしか、風疹、水痘、おたふくかぜなどワクチンで防げる病気のことをVPD ( Vaccine preventable diseases ) といいます。これらのVPDに成人が罹って外来受診されることがありますが、頻度的に多いのは圧倒的におたふくかぜ(ムンプス、流行性耳下腺炎)です。それにはやはり原因があります。
 アメリカでは強力なワクチン政策がとられた結果、アメリカでの年間ムンプス発生数は500例以下にまで低下しました。わが国でも1989年から麻疹・ムンプス・風疹混合ワクチン( MMR ) が導入され、一旦ムンプスの罹患数は減少しましたが、MMRワクチンの副作用である無菌性髄膜炎の多発により1993年にMMR ワクチンは中止され、再び患者数が増加、2001年には年間226万人までに増加しました1)。現在、ムンプスワクチンは任意接種ですが、接種するヒトは少なく、もっぱら自然感染にまかせている状況です。しかし、水痘の感染経路が空気感染であるのに対し、ムンプスが飛まつ感染である関係か、幼少〜就学時での感染率が低く、成人まで感染を受けずにいるヒトが多いのではないかと推測されています。実際、医療従事者の検討では、はしか、風疹、水痘の抗体保有率が90%以上であるのに対し、ムンプスは80%と低く、ワクチン接種がすすめられています2)
 ムンプスはムンプスウイルスによる感染症です。ウイルスは口・鼻から侵入し、鼻・咽頭周囲のリンパ節で増殖し、12−25日後、ウイルス血症をおこし、そのときに耳下腺に侵入し耳下腺炎をおこします。したがって潜伏期は14日前後です。耳下腺の腫れは2日目がピークで1週間ほど続きます。両側が腫れることが多いですが、片側のみの場合もあります。顎下腺、舌下腺が腫れることもあります。しかし、ムンプスは不顕性感染のひとも多く、ムンプスに感染しても耳下腺が腫れるのは30−40%で、20−30%は無症状、残る40−50%は不定の風邪症状を示すのみです。思春期後の男性で最も多い合併症は睾丸炎です。20−30%で起きます。痛みと腫れは通常1週間で改善しますが、場合によっては数週間持続することもあります。しかし、不妊症になることは稀です。思春期後の女性では5%に卵巣炎が起こります。虫垂炎に似た腹痛が起こることがあります。無菌性髄膜炎も1−15%に起こるといわれており、頭痛のない患者でも髄液細胞の増加を認めたという報告もあり、より頻度は多いのかもしれません。しかしなんといってもムンプスの合併症でこわいのは難聴です。2004年の研究では解析対象となったムンプス症例7,400例のうち,7例にムンプス難聴の発生が見られ0.1% が難聴になる可能性があり3),頻度は決して低いとは言えないものです。小児の難聴の原因の一番はムンプスであり、また、ムンプスは不顕性感染が多いと記載しましたが、耳下腺腫脹などの症状がなく突然難聴になることもあり、そういうケースでは難聴の発生に本人、親とも気づかずに経過することがあります。成人の原因不明の突発性難聴の7%がムンプスが原因と推定されています4)。残念ながら特効薬はなく、難聴の回復はありません。成人がムンプスになったとき、耳下腺の疼痛は幼児より強い傾向にあり、全体的に重篤です。合併症の頻度が高くなることも考えるとワクチンによる予防が必要と考えられます。
 どういうひとにムンプスワクチンが必要でしょうか?一般的には問診でおたふくかぜの既往を聞くのですが、本人の記憶では正確ではないようです。これは、記憶の不確かさというよりも、耳下腺腫脹をおこすウイルスがムンプスウイルスのみでなく、パラインフルエンザウイルス、コクサッキーウイルス、EBウイルス、アデノウイルス感染などでもおこるため、診断の不確かさによるものもあります。おたふくかぜに2回罹ったというのもこういう理由です。そこでワクチンの適応を正しく知るには、血清抗体価測定が必要になります。通常、EIA法のIgG抗体価を参考にします。4倍以上が陽性の判定になりますが、8倍以上がムンプスに対する感染防御ありと判定します。陰性でも感染防御能を持つヒトがいます。いわゆるブースター効果というもので、眠っていた抗体産生能がめざめ、直ちに抗体が上昇するからです。2〜4倍の抗体保有者でムンプスに罹るヒトは、ムンプスと非常に構造の似たパラインフルエンザの抗体と交差しているものと類推されています。最近、パラインフルエンザウイルス感染に罹ったヒトはムンプスウイルス抗体が弱陽性になるということです。したがって、ムンプス抗体価が4倍以下のヒトがワクチンの適応となります1)
 ムンプスワクチンは0.5mlを皮下注します。1回の接種での抗体獲得率は80〜93%で、2回の接種でほぼ100%となります。
 ムンプスワクチンは改良され、ワクチンの副作用としての無菌性髄膜炎は2000例に1例、難聴は数十万例に1例と推定されています。このように副作用が少なくなったワクチンは他の先進国と同様にわが国でも定期接種となることが当然だと考えられます5)
                            平成23年9月5日

参考文献
1) 麻生 幸三郎ら:流行性耳下腺炎罹患阻止指標としての血清抗体価 .
環境感染症学会誌2005 ; 20:91〜98 .
2) 白石 正ら:医療従事者における麻疹、風疹、ムンプスおよび水痘・帯状疱疹ウイルスに対する血清抗体価の測定とその解析 . 感染症学会誌 2005 ; 79:322〜328 .
3)第18回日本外来小児科学会より . medical tribune 2008 ; .41 :22 - 23 .
4)TOPICS from EUROPE . medical tribune 2010;.43 : 6 - 7 .
5)岡部 信彦ら : 予防接種に関するQ&A集 . 第5版, 細菌製剤協会, 東京, 2009 :
107 - 109 .