バイオマーカーによる感染症診断―特にプロカルシトニンについて―


バイオマーカーとは、尿や血清中に含まれる生体由来の物質で、生体内の生物学的変化を定量的に把握するための指標(マーカー)となるものを指します。バイオマーカーはある特定の疾病や体の状態に相関して量的に変化するために、そのバイオマーカーの量を測定することで疾病の診断や効率的な治療法の確立等が可能となります。生体内には数多くのバイオマーカーが存在します。感染症領域で使用されるのはCRP、Interleukin-6、TREM-1( triggering receptor expressed on myeloid cells-1 )、EAA( endotoxin activity assay ) などがありますが、今回、プロカルシトニン( 以下PCT )について考えてみます。
PCTはカルシトニンの前駆蛋白として通常甲状腺のC細胞において生成されています。しかし、重篤な細菌感染がおこると、PCTは甲状腺以外の部位でも生成されるようになり、血中の値が高くなります。その生成部位は確定されていませんが、肺又は小腸の神経内分泌細胞や、血液の単核細胞などが推測されています。甲状腺全摘後の患者でも敗血症時に上昇することが報告されています。その異所性の分泌の機序についてリポポリサッカライドや敗血症関連サイトカインによる刺激が推測されていますがはっきりしたことはわかっていません1)
PCTの特徴として以下のことが記載されています 。
1) 細菌感染症では上昇するが、ウイルス感染では上昇しない。
2) 反応が速やかで( CRPより早い)、上昇が早く(3時間)、治療反応も速やか。半減期は24〜30時間。
3) NSAIDSやステロイド投与に影響をうけにくい。
感染症のマーカーとして注目されているのは主に1)によるものです。PCTは重症の細菌、真菌、寄生虫感染症の診断のパラメーターで、感染に対する全身的な反応の過程でのみ生成されます。局所に限定された細菌感染、ウイルス感染、慢性炎症性疾患、自己免疫疾患、アレルギー疾患ではPCTは誘導生成されないとされています。しかし、どこまで重症だと陽性になるか?というデータはありません。細菌感染症を,非細菌感染症から鑑別するときに,PCT 陽性(0.5ng / mL)をカットオフ値とすると,感度64.4%,特異度86% と報告されています。あまり良いデータとは思えません。これは気管支炎等の軽症感染症では陽性にならないためと思われます。敗血症診断におけるPCT の有用性に関しては2編のmeta-analysis が報告されており、一応の有用性が示されていますが否定的な報告もあります(Lancet Infect Dis 2007;7:210―7 )1)。最近報告されたデータではPRORATA studyというのがあります。ICU入室患者630名を対象に、PCTガイド治療群( PCT 値を参考に抗菌剤開始・中止を決定する)と標準治療群との2群に無作為に割りつけた試験では、PCTガイド治療群の方が有意にかつ安全に抗菌剤投与期間を減らすことができたというものがあります2)
参考
*事前設定カットオフ値(PCT血中濃度による)
<0.25 μg/L:抗菌薬不使用強く推奨
≧0.25 and <0.5 μg/L:抗菌薬不使用推奨
≧0.5and <1μg/L:抗菌薬開始推奨
≧1 μg/L:抗菌薬開始強く推奨
*再検時のカットオフ値
<0.25 μg/L:抗菌薬中止強く推奨
≧0.25 and <0.5 μg/L, or ピーク時よりも80%以上低下:抗菌薬中止推奨
≧0.5 μg/L andピーク時よりも80%未満低下:抗菌薬継続推奨
≧0.5 μg/L andピーク時よりも上昇:抗菌薬変更強く推奨
このように重症感染症ではある程度の参考にはなりそうです。一般に欧米では本邦と異なり、CRPを使用せずにPCTを重要視するむきがあり、下気道感染症への抗菌剤投与の参考にしようという試みもあります。コスト意識の高い欧米でなるべく抗菌剤の使用量を減らそうという工夫なのかもしれません。しかし、気道感染で抗菌剤が必要かどうか?は、患者の状態、膿性痰の有無、胸部理学所見などによる総合診断が基本であり、外来での中等症までの感染診断には不要であるばかりか、判断を狂わせるもとになると思われます。それではどういうときにPCTを測定するかというと、感染巣不明の高熱患者ということになるでしょう。しかし、検査には必ず偽陰性があるので自分で抗菌剤を使用したい根拠があればそちらを優先すべきであると思われます。現在、PCTは診断キットが販売されていて30分で結果が判明します、値段は3000円(保険収載)程度です。
 本邦におけるPCTの指針がありましたので最後に記載しておきます3)
PCT ( ng / ml )
< 0.05 : 健常成人
< 0.5 : 全身性細菌感染症は否定的。局所細菌感染症の可能性がある。
0.5〜 2.0 : 敗血症の可能性がある。しかし、以下の状態もありうる。
@外傷、手術、熱傷A深在性真菌症B心原性ショックC肺小細胞癌、甲状腺髄様癌
2.0〜 10 : 敗血症の可能性が高い。
> 10 : 重症敗血症の可能性が高い。他の原因は考えにくい。
                            平成23年7月27日

参考文献
1) 黒田祥二:プロカルシトニン値の臨床的意義に関する検討.
感染症誌2010 ; 84:437〜440 .
2)Bouadma L et al : Use of procalcitonin to reduce patients' exposure to antibiotics in intensive care units (PRORATA trial): a multicentre randomised controlled trial.
The Lancet 2010 ; 375 ,463- 474 .
3)久志本成樹:細菌性敗血症とプロカルシトニン . 日本医事新報 2009 ; 4464 : 80 - 82 .