嫌気性菌も大切です!忘れないで。


 しばしば細菌感染症の流行が問題となり報道され、一般の人たちの知るところとなるのですが、その大半が好気性菌です。大腸菌、ぶどう球菌、インフルエンザ菌などがそうです。細菌の分類法にはいくつかあります。例えば、グラム陰性・陽性、球菌・桿菌などですが、生育条件の分類として細菌は大きく好気性菌と嫌気性菌に分類されます。社会的に好気性菌が問題になりやすい要因がありますが、嫌気性菌も感染症を考えるにあたってとても大切な細菌です。その理由は、私たち人間の常在細菌巣の99.9%をしめるのが嫌気性菌なのです。常在細菌巣とは皮膚、腸管、口腔内などに常時存在する細菌であります。これらの細菌は通常私たちにとってとても有益です。例えば、皮膚、腸内では有害な細菌の侵入を防御してくれますし、また、腸内では栄養素を分解して上皮の再生を助けてくれたりしています。その反面、粘膜の破綻などがあるとそこから侵入し私たちに重篤な感染症をひきおこしてしまいます。私達にとって、この身近な嫌気性菌をもっと知る必要があると思います。
 かつて遊離の酸素が存在しなかった(嫌気性)と考えられている地球は、今では約21%の酸素を含む大気圏に包まれています。嫌気性菌は生物学的に好気性菌や好気性生物の誕生よりもっと以前、地球に酸素のなかった古代から誕生したものと推測されています。
われわれ人間を含め地球上の生物の多くはこの酸素に完全に依存した生活(好気性の生活)を送っています。嫌気性の生活の場には、酸素があってもなくても生存できる通性嫌気性菌(好気性菌と呼ぶ)と酸素があっては生存できない偏性嫌気性菌(嫌気性菌と呼ぶ)が一緒に生活しています。人の粘膜上の嫌気性環境にすむ偏性嫌気性菌は、通性嫌気性菌よりも旺盛であり、その場の主役であります。ちなみに大腸菌(O-157)やブドウ球菌(MRSA)も酸素の無い環境で発育できる菌ですが、嫌気性菌と異なり、酸素のある大気中でも十分発育できるので、単に好気性菌とよばれています1)
嫌気性菌に対する酸素の毒性は、酸素の還元によって生じたスーパーオキサイド・過酸化水素・ハイドロキシラジカルのような毒性産物を中和する酵素を嫌気性菌が持っていないため、これらの毒性産物がDNA,蛋白などに損傷を与え、細胞を殺してしまうそうです1)。通常、21%の大気中の酸素でも数十分で失活・死滅してしまうため、手指や空気や飛沫などの爆発的感染を起こしがたく、社会的問題となりにくいということがあります。また、検査技術も難しく、細菌がいても検出されないことがあります。しかし、近年、偏性嫌気性菌でもわずかながら酸素を利用できる菌種があることも判明し、嫌気性菌のなかにもさまざまな多様性があることがわかってきました2)
 この細菌学的特性より嫌気性菌感染症は破傷風などをのぞけば内因性感染症(自分の常在菌で感染症をおこす)ということで私たちに害を及ぼします。
 それではこの内因性感染症について考えてみます。
@ 嫌気性菌による内因性感染の予防。
 通常仲良くしている常在菌なので、暴れださないように環境を整えておけばよいわけです。例えば口腔内を清浄にし、歯垢などの異物を予防したり、暴飲・暴食などで腸内環境を乱さないなどということが肝要だと思われます。糖尿病などの持病のコントロールが悪いと粘膜の防御機構が弱体化して嫌気性菌の侵入を許してしまうこともあります。また、嫌気性菌を殺してしまうような抗生物質の乱用を避けることも必要です。血液培養陽性検体の0.5〜13 %が嫌気性性菌であるという報告もあり2)、ばらつきはありますが、大半の感染症は好気性菌であり、通常の感染症治療では好気性菌のみに有効であれば事足りると思われます。
A 嫌気性菌による内因性感染症の治療。
 まず早期に嫌気性菌感染を疑うことです。膿瘍形成や悪臭があれば積極的に疑います。また嫌気性菌とひとくくりにしてしまう医師が多いのですが、やはりグラム染色は重要です。グラム陰性・陽性、桿菌・球菌の4通りがあり、抗生剤選択の大きな根拠になります。また、嫌気性菌は菌種により、人体における常在部が異なり、菌の侵入門戸も類推できます。グラム陽性球菌が検出され、侵入門戸は口腔が疑われたら抗生剤は今でもペニシリンが第一選択です。嫌気性菌の検出には現在でも1週間を要し、薬剤感受性試験を行うとさらに日数を要し、原因菌を類推する能力が必要です。しかし、嫌気性菌感染症は大抵複数菌感染なので、当初より好気性菌感染の合併も考慮した抗生剤選択も必要です。膿瘍を形成すると抗生剤も到達しづらくなり、排膿と空気と接触させる意味でも外科的切開が必要です3)
 嫌気性菌感染症は内因性の感染症で流行することはありませんが、常在菌とのバランスの変調で発症し、一旦発症すると壊死や膿瘍を形成し重篤な状態となるため早期発見が必要でありますが、空気と接触すると20〜30分で死滅する菌種もあり、迅速な検体提出が必要であります。また、特別な検査技術と日数を要するため適正な検体提出(喀痰の嫌気培養などは意味がない)も肝要であります。

                        平成23年7月8日

参考文献
1)嫌気性菌感染症総論
http://hica.jp/kono/kogiroku/anaerobe/anaerobe.htm
2 ) 渡邊 邦友:いわゆる嫌気性菌が関与する感染症に関する最近の話題 . 感染症誌.
80 : 76 - 83 , 2006 .
3)三鴨 廣繁ら : 嫌気性菌感染症診断・治療ガイドライン 2007 . 第1版 , 協和企画 , 東京 , 2007 : 2 -50 .