ヒラメの食中毒、寄生虫が原因?

近年、全国的に、食後数時間程度で一過性の嘔吐や下痢症状が出現し、軽症で終わる食中毒症状で、既知の病因物質が不検出、あるいは検出した病因物質と症状が合致せず、原因不明として処理された事例が厚生労働省に報告され、そういう事例に対して同省が調査を行い、その結果が報告されました1)
 平成21年6月から平成23年3月までに、厚生労働省が全国調査を実施したところ、同様の症状で報告された事例は198件でありました。提供メニューのうち生食用鮮魚介類が含まれていた事例は178件(90%)あり、多い順にヒラメ135件(68%)、マグロ73件(37%)、エビ60件(30%)、タイ51件(25%)、カンパチ48件(24%)、イカ48件(24%)ほかでありました。生食用鮮魚介類以外に、馬刺しが含まれていた事例は33件(17%)ありました。平成22年10月には、ヒラメを摂食した534名中113名が下痢、吐気、嘔吐等の症状を呈し、病因物質不明の食中毒事件として報告されました。そこで、ヒラメについて遺伝子の解析を行ったところ、クドア属の寄生虫(粘液胞子虫:Kudoa septempunctata )に感染していることが確認されました。現在のところ、この粘液胞子虫が食中毒症状の原因と考えられています。この寄生虫は水産学者の間では古くから知られた寄生虫で、海産魚にも淡水魚にも感染し、感染した魚はおおむね元気なのですが、時に側湾などの奇形をおこしたり、肉がやわらかくなり消費者から苦情があったりするそうです。ゴカイなどの魚のえさを介して魚に感染しシストを形成すると肉眼でも魚肉に観察できます。従来、人間には無害と考えられていましたが2)、近年、動物実験などで食中毒症状がおこることが確認されました。
 この寄生虫をヒトが摂食した場合、すべてのヒトが発症するわけではありませんが、まだ研究の段階なので発症率などは不明です。また、寄生虫を多く摂食したほうが発症しやすいであろうことは推測されています。症状は食事後4〜8時間たって、急に下痢、嘔吐、腹痛で発症し、2〜3時間で症状軽快、翌日には無症状になるそうです。発症のメカニズムは不明ですが、慢性化したヒトや重症化したヒトも報告がないことより、ヒトに感染するわけではなく一種のアレルギー反応と考えられています。アニサキス症のようにヒトの胃に侵入した報告もありません。現在のところ養殖魚のみから発症しているようです。われわれ消費者が予防することは可能なのでしょうか?ー15℃以下で4時間冷凍すると失活するそうです。新鮮な刺身はやはり可能性は低いが危険はあるのでしょう。現在、農林水産省でいろいろな工夫が考えられているそうです。
 また、馬刺しの摂食が関連した病因物質不明有症事例の発症も報告が重なり、これについても検討がなされ、この原因はザルコシスティス属の寄生虫(住肉胞子虫:Sarcocystis fayeri)が原因と推測されています。ザルコシスティス属の寄生虫は、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウマ等の筋肉部分に寄生します。今回関与が疑われているSarcocystis fayeriは、特有の動物のみに寄生することから、ヒトに寄生することは知られておりません。住肉胞子虫による食中毒症状は粘液胞子虫によるものよりさらに症例が少なく、不明な点が多いのですが、やはり寄生虫を多く摂食したときに症状出現しやすく、症状も粘液胞子虫の症状と同様ということです。予防はやはり冷凍保存だそうです。もちろん、加熱して調理すれば問題ありません3)
 通常、魚介類の食中毒を診たら腸炎ビブリオやノロウイルス、生肉だと病原大腸菌やサルモネラなどを想定しますが、このような食中毒も存在することを知っておく必要があると思います。また、粘液胞子虫は夏季に増加することが知られており、これまで診断されていなかった症例も多く存在するものと思われ今後の動向に注意すべきであります。

                           平成23年7月1日

参考文献
1)食中毒調査に係る病因物質不明事例の情報提供等に係る中間取りまとめ
http://www.support-hc.com/index.php?%E4%B8%AD%E9%96%93%E5%8F%96%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%A8%E3%82%81
2 ) 横山 博:魚類に感染する粘液胞子虫の生活環と起源 . Jpn. J. Protozool.
37 : 1 - 9 , 2004 .
3)生食用生鮮食品を共通食とする病因物質不明有症事例を巡る経緯 .
平成23年4月25日 厚生労働省医薬食品局食品安全部 監視安全課
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001ahy8-att/2r9852000001aib5.pdf