ペニシリンの投与回数は?

『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』(英語:The New England Journal of Medicine、N Engl J MedないしNEJMと略記)は、マサチューセッツ内科外科学会によって発行される、英語で書かれた査読制の医学雑誌であります。継続して発行されている医学雑誌のうちでは世界で最も長い歴史があり、また世界で最も広く読まれ、最もよく引用され、最も影響を与えている一般的な医学系定期刊行物であります。
 その著名な雑誌の今年の2月号に、連鎖球菌性咽頭炎の総説があり、それによると治療はアモキシシリン1日1回、もしくは1日2回という記載があります1)。本邦ではペニシリンはできるだけ頻回投与が基本(常識?)であるので世界ではこの常識が変わったのでしょうか?
 抗生剤の投与回数を考えるのには『時間依存性』と『濃度依存性』について知る必要があります。

表 抗生剤PK/PDの3種類の指標(パラメーター)

抗生剤 PK / PD『 薬物動態』と『薬力学』より引用
(http://www.geocities.jp/dogcat1111122222/antibioticsPK-PD.html)
ペニシリンは時間依存性の抗生物質であるため抗菌薬の濃度が菌のMIC(最小発育阻止濃度)を超えている時間(Time above MIC)が長いほど有効率が高くなることが知られています。すなわち、ペニシリンのように血中半減期が短い(アモキシシリンで1.2時間)薬剤は当然頻回投与が必要になってくるわけです。この事実、投与法は現在でも普遍的なものと思われます。それでは、何故1日2回投与が記載されているのでしょうか?そのポイントは2点あると考えます。
@ A群溶連菌のペニシリンへの感受性
A群溶連菌はペニシリンに対してきわめて感受性がよく、MICは0.06μg/ml以下であるといわれています。すなわち、MICが低いので、表をみると、C maxをあげてやると1回投与でもかなりTime above MICを長くかせげるので治療可能と考えられるのです。たとえば、MICを0.06μg/mlと仮定して、アモキシシリンを1回500mg、1日2回投与した場合、Time above MICは約75%と計算されます2)。さて、この75%というのはどうなのでしょう?ここまでは実に理論的なのですが、実は感染症においてどれぐらいのTime above MICがあればどれぐらい有効であるのかは?はよく解っていないのが実情なのです。それは、患者さんの抵抗力という因子が重要だからです。しかし、たぶんTime above MIC 75%という数字は大半の症例で有効を保障できる数値だと思われます。
A A群溶連菌の治療失敗例は、薬ののみ忘れ?
A群溶連菌はペニシリンという安い薬でよく効くはずなのに治療失敗例が15〜20%もでてくるのは何故でしょう?その原因のひとつと考えられるのが薬ののみ忘れです。服薬回数を減らすとのみ忘れはかなり減ることでしょう。
 ただし、治療失敗例の原因はほかにもあります。まず、不適当な抗生剤選択です。マクロライド系抗生剤はA群溶連菌においても耐性化がすすみ、治療効果は期待できません。しかし、耐性率0%のペニシリンでも治療失敗例が15%と報告されています3)。何故でしょうか?可能性のひとつとして、A群溶連菌は飛沫感染するため家族内でピンポン感染をしている可能性はあります。他の可能性としては、A群溶連菌自体はペニシリンを分解するペニシリナーゼを有しておりませんが、近くにいる他の細菌がペニシリナーゼを分泌するため、A群溶連菌に到達する前にペニシリンが分解されて無効になる可能性。3番目の可能性として、最近、細胞内侵入能を有するA群溶連菌の存在が明らかとなりました。ペニシリンなどのβ-ラクタム剤は細胞内への移行が悪く、細胞内に存在するA群溶連菌には無効であることが予想されます。実際、ペニシリンで治療失敗した例で分離された菌には細胞内移行能の遺伝子を有する率が高かったことも報告されております3)
 このように薬ののみ忘れ以外にペニシリン治療失敗の機序を考えてみますと、世界の著名な医学論文にたてをつくわけではありませんが、ペニシリンは従来どうり、頻回投与が良いのではないかと思っています。
 ただ、ペニシリン1日2回投与を行うしかるべき理由があれば、本人に説明、診療録にその旨記載して、意外な治療オプションとなりうるのかもしれません。

                            平成23年6月13日

参考文献
1)Wessels MR : Streptococcal pharyngitis. N Eng J Med . 2011 : 364 : 648 - 655 .
2)笠原 敬ら : βラクタム系薬の投与回数減少の科学的根拠. 日本医事新報 . 2011 : 4544 :
54 - 55 .
3)荻田 純子ら : 最近10年間のA群溶連性連鎖球菌における薬剤感受性、とくにマクロライド耐性の年次推移について. 感染症学雑誌 . 2005 : 79 : 871 - 876 .