ワクチン同時接種と国内未認可ワクチンについて

平成23年3月4日、厚生労働省より、関連は不明ですが、複数の死亡報告例より小児用肺炎球菌ワクチンとヒブワクチンの同時ワクチン接種を見合わせるよう全医療機関に通達がありました。しかし、結局、死亡例とワクチン同時接種に関連はないということで同時接種が再開されました。一般的に異種のワクチンを混合さえしなければ同時に接種しても副作用が増加することはないということは世界の常識であります。また、効果の点でも、同時接種しても感染防御効果は低下しないだろうということで世界的には多くのワクチンを同時接種しているのが実情です。しかし、これらを証明するデータが少ないのも事実であります。米国で小児の定期予防接種を複数同時接種した場合の研究があり、その報告によると複数同時接種が小児の免疫機構に悪影響を及ぼすかどうかは不明であるが、単独接種と効果も副作用も変わりがないのではないかという結論になっています1)。ワクチン後進国である日本はワクチン同時接種を長い間やってきませんでした。しかし、現在では「二種類以上の予防接種を同時に同一の接種対象者に対して行う同時接種は、医師が特に必要と認めた場合に行うことができる」というふうに変更になり特に制限はなく、医師の判断にまかせることになっています。つまり、同時接種可能か不可能かは医療機関により異なるという対応であります2)
ワクチン同時接種を考えるにあたり、@生ワクチンA不活化ワクチンBウイルスの相互干渉、の3点について知る必要があります。
@生ワクチンは病原性が弱毒化されてはいますが、感染性を維持し、生体に接種された後は自然感染と同様に増殖することで細胞性免疫も液性免疫も誘導できます。一回の接種で強固な免疫を長期に誘導でき、製造コストも安価であります。欠点として、体内でウイルスが増殖するときに、軽度ながら特有な副作用が出現します。BCG、ポリオ、麻疹、風疹、おたふくかせ、水痘、黄熱、コレラ、腸チフスなどがあります。
A不活化ワクチンは生ワクチンと異なり生体内で増殖しないため、通常では細胞性免疫を誘導することは期待できませんが、液性免疫を獲得することができます。不活化ワクチンはその効果を強めるために、免疫増強剤(アジュバント)が混入されているため、高価で、かつ、全身的副作用が弱いかわりに注射部位の副作用が強い傾向があります。DPT、日本脳炎、インフルエンザウイルス、インフルエンザ桿菌、肺炎球菌、A型肝炎、B型肝炎、狂犬病、破傷風、髄膜炎などがあります。
BMagrassiは、ヘルペスウイルスの脳炎を起こす株と起こさない株を同時にウサギに接種したところ、そのウサギは脳炎を起こさないことを見出しました。干渉現象とはこのような2種のウイルスを同一動物や細胞に同時にまたは前後して感染しようとしたとき、一方のウイルスの増殖が抑えられることで、1957年発見されたのです。これは感染細胞がインターフェロン(IFN)を産生するためにおこる現象です。IFNは非特異的で、どのウイルスに対しても抑制効果があります。日本がワクチン同時接種を行ってこなかった主因がここにあり、また、生ワクチンの接種間隔を4週間あけるのもこの干渉現象を根拠にしたものです3)
 現在の考え方として、不活化ワクチンは生体内で増殖することがなく、ウイルスの干渉作用をうけることがないので、同時接種を否定する根拠はなにもなく、当然可能であります。しかし、接種間隔を6日間あけるというきまりは現在でも適用されています(副作用が起こりうる期間です)。生ワクチンに関して、ひとが対応できる抗原レパートリーはほぼ無限で、接種場所をあけることで抗原提示細胞を奪い合うことなく、免疫応答が得られるものと考えられています。接種部位を1インチあけるのはこういう理由もあります。したがって、生ワクチンも同時接種は可能で効果も変わらないというのが現在の考え方です。ただ、ウイルスの干渉作用を考えると、生ワクチンの接種間隔を4週間あけるというのは現在でも適用されると思います(反対意見もあります注釈1)3)
 ワクチン同時接種時の注意点として、
1)複数のワクチンを1つのシリンジに混ぜて接種しないこと。
2)皮下接種部位の候補場所として、上腕外側ならびに大腿前外側が適当です。
3)上腕ならびに大腿の同側の近い部位に接種する際、少なくとも2.5cm以上あけること。
4)コレラと黄熱ワクチンでは効果が減弱するので同時接種は行わないこと。

      を守って行いたいと思います。
 さて、最近、宮崎県の高校で、髄膜炎菌の集団感染の発生が報道されました。髄膜炎のワクチンは国内未認可であり輸入しているクリニックで接種するしか方法がありません。しかし、国内で認可されたワクチンによる健康被害(いわゆる副作用)は、生物由来製品感染等被害救済制度により手厚く保護・救済されますが、国内未認可ワクチンはこれが適用されず、副作用が出現しても救済されません。自己責任で接種する状況です。
 日本は以前から指摘されてきたようにワクチン後進国であります。しかし、日本国民は仕事やレジャーで多くのひとが海外に渡航しております。自分の健康は自分で守るという自覚が必要なのだろうと思います。


                            平成23年2月7日

注釈
日本と米国のワクチン接種の違い
「免疫の付き方が不十分かも知れない」という科学的根拠のない迷信よりも、全てのワクチンを漏れなく接種していくというアメリカ行政の強い信念があります。同日接種は患者にとっても医師にとっても拘束の負担が少なく、不利益は行政にとって副反応が現れた時にどのワクチンによるものなのかが判りにくくなることだけです。
 また、ワクチン接種時の体調や発熱の有無などはほとんど問題にしないそうであります。
 その他、米国でのワクチン施行の相違点がよく書いてあるのが下記のサイトです。
 小児科診察室 http://sites.google.com/site/oogucci/home



参考文献
1)金川 修造 : 渡航前の日本脳炎とインフルエンザワクチンの同時接種は可能か .
日本医事新報 . 2011 : 4540 : 56 − 57.
2)竹中 郁夫 : ワクチン同時接種の法的可否 . 日本医事新報 . 2011 : 4542 : 64 − 65.
3)中野 貴司ら : 海外渡航者のためのワクチンガイドライン . 第1版 , 協和企画 , 東京 , 2010 : 57 -66 .