腸管出血性病原大腸菌0-111と
溶血性尿毒症症候群(HUS)

 現在、ユッケによる食中毒事件が連日報道されております。しかし、腸管出血性病原大腸菌感染症の急増は昨年の4月に国立感染症研究センターよりすでに報告〜警告がだされておりました1)。急増の原因については定かではありませんが、報道の如く流通経路における人為的混入や若者を中心とした生肉摂取の増加などが主因かもしれませんが、近年、飼育牛の腸内に大腸菌が増加していることも報告されております。大腸菌は、牛、羊、山羊、豚、馬などの家畜、犬や猫などの愛玩動物、シカなどの野生動物の腸管に存在し、糞便から菌が単離されますが、これらの成獣の多くは健康体である場合が多く、無症状定着状態にあります。牛の保菌状況が調査されており、牛の種類、農場の場所、または検査する季節などによってその保菌率は大きく異なることがわかっています。牛の大腸菌保有菌数はえさの種類によって大きく左右され、従来の乾草に比べて近年多用される穀類(濃厚飼料)を与えた場合1万倍以上の大腸菌が検出され、それに比例して病原大腸菌も著増することが報告されています2)。牛の腸から病原大腸菌のみをへらすことは不可能なので、大腸菌全体をへらすことが求められています2)
また、本日の報道では(5月12日)饅頭での腸管出血性病原大腸菌感染症の事件も発表されています。腸管出血性大腸菌の感染事例の原因食品等と特定、あるいは推定されたものは、国内では井戸水、牛肉、牛レバー刺し、ハンバーグ、牛大角切りステーキ、牛タタキ、ローストビーフ、シカ肉、サラダ、貝割れ大根、キャベツ、メロン、白菜漬け、日本そば、シーフードソースなど、海外では、ハンバーガー、ローストビーフ、ミートパイ、アルファルファ、レタス、ホウレンソウ、アップルジュースなどと、腸管出血性大腸菌は様々な食品や食材から見つかっており、また、原因食品不明の場合もあります。このように多種の食品を汚染する原因として以下の原因が考えられます。
@ 本菌は50 個程度の少数菌量で発症しうるため、2 次感染しやすいのです。風呂などでも感染しうるし、軽微な汚染でも蔓延する可能性があります。食中毒菌でも、腸炎ビブリオやサルモネラ菌は、通常10万〜100万個以上の菌を摂取しなければ、食中毒を発症しないといわれています3)
A本菌を保有する動物は多岐にわたり、それらの便で本菌は広く自然界に分布していると思われます。いのししが蔓延させたキャベツ由来食中毒の報告例もあります。また、食肉でありませんが、日本の乳牛の約70%は、本菌を保菌しており、PCR法で調べた報告では、全ての乳牛が本菌を保有しているそうです3)
B本菌は、有機酸や乾燥に耐性が強く、堆肥中で半年以上生存でき、10℃の水温では水中で1週間以上生存しているようです3)
つまり、腸管出血性病原大腸菌感染症はいつでもどこでも起こりうると考えたほうがよいのかもしれません。
腸管出血性病原大腸菌感染症は,3〜4日の潜伏期間を経て、分泌性下痢に引き続いて,血液性下痢、腹痛,などで発症します。発熱は著明でありません。臨床症状は一般的には5〜10日間続きますが,自然治癒するのが一般的であります。しかし,2〜8%のケースにおいて下痢後2〜14日後に,特に乳幼児,老人にHUS(溶血性尿毒症症候群)を併発することがあります。HUSは本菌が産生するベロ毒素(Vero Toxin)で起きます。ベロ毒素は、VT1、VT2の2種類が存在しますが、HUS発症には、ベロ毒素(VT)でも、特に、VT2(Stx2)の産生が関与しています。VT2はVT1に比し1,000倍強く細胞を障害します。
ベロ毒素には、以下のような生物活性があります。
@下痢や血便を起こす:腸管粘膜上皮細胞や、腸管血管内皮細胞を傷害する。
A 溶血性尿毒症症候群(HUS)を発症させる:腎臓の糸球体血管内皮細胞が傷害され、微小血 栓形成が起き、血栓性微小血管症のため、溶血性貧血、血小板減少、急性腎不全が、起こる。 なお、腎臓の小動脈、細動脈の血管内皮細胞や、尿細管上皮細胞も傷害される。
B 神経毒性も有する。           

腸管出血性病原大腸菌感染症は通常自然治癒するのですが、どのようなひとがHUSを併発し重篤になるのかはまだわかっておりません。ただ、4歳までの幼児と老人に多く発生することよりいわゆる免疫機能が低下〜まだ完成していない状態では発生しやすいことが推測されます。また、欧米では抗生剤の不適切な投与(例えば、重篤になってしまってからのキノロン系抗菌剤の投与など)もHUSの原因として疑われております。抗生剤は発症早期にホスホマイシンを3〜5日間内服投与するのが無難な投与法と思われます。
大腸菌はその名のとおり、正常な大腸の中にいる常在菌です。しかし、多くの菌群のなかでは少数派で菌量としては全体の1%未満です。しかし、個人差があり、大腸菌の増えやすい環境のひとは存在するかもしれません。宮入菌(Clostridium butyricum)は、健康成人の10〜20%が保有している偏性嫌気性菌で、いわゆる乳酸菌の一種ですが、腐敗菌や腸管出血性大腸菌の増殖を抑制し、ベロ毒素の産生を抑制することがわかってきました3)。宮入菌は、野菜を多く摂取して、肉類の摂取を控えて、乳酸菌を摂取したりすることにより増やすことが可能です。従来からいわれてきた腸内環境の整備が、腸管出血性大腸菌感染の予防や、HUSへの進展予防に効果があるかもしれません。
 また、経口のベロ毒素中和薬も開発中であり4)、早期の実現が待たれます。
                          平成23年5月16日

参考文献
1)相楽 裕子 : 感染性腸炎の最近の動向と知見. Medical tribune . 2010 : 43 : 66 - 73 .
2)中澤 宗生ら : 牛の腸管出血性大腸菌O-157 : H7 の排菌と飼料の関係. 感染症学雑誌 . 2002 : 76 : 76- 77 .
3)腸管出血性大腸菌  http://hobab.fc2web.com/sub4-EHEC.htm
4)森 裕志 : 腸管出血性大腸菌感染症の治療を目的とした志賀毒素中和剤開発に向けての基礎的研究.
感染症学雑誌増刊 . 2010 : 84 suppl : 93 .