Th1/Th2細胞バランス



 リンパ球には、T細胞と、抗体を作るB細胞があります。
T細胞には、さらに、単球・マクロファージ(抗原提示細胞)から抗原を提示され、免疫反応を調節するヘルパーT細胞とウイルス感染細胞などを障害するキラーT細胞があります。
ヘルパーT細胞には、Th1細胞とTh2細胞とがあります。
抗原提示細胞がIL-12を産生するとTh1細胞(細胞性免疫)が多くなり、PGE2を産生するとTh2細胞(液性免疫)が多くなります。IL-12やPGE2は情報を伝達するたんぱく質です。
 細菌感染やアレルギーなどの免疫応答の鍵となるのが、Th1細胞と、Th2細胞の拮抗作用(Th1/Th2細胞バランス)であります。Th1細胞優位になりすぎると単一臓器の自己免疫疾患(多発性硬化症、クローン病など)になりやすく、Th2細胞優位になりすぎるとアレルギー疾患になりやすいといわれその人の体質に大きく関与しています。また、Th1細胞が弱すぎると結核などの感染に弱くなったり、癌になりやすくなったりすることも予想されます。くすりで直接このバランスを変えることは現在では不可能です。IL-12の投与も試みられているようですが副作用が多くまだ実用にはいたっていません。漢方薬の一部がTh1細胞優位にしたり、魚油製剤がTh1/Th2細胞バランスを整えるという報告もありますが、おそらく抗原提示細胞を介した間接的作用なのでしょう。しかし、逆にいえば、多発性硬化症やクローン病のひとに不用意に漢方薬を処方すると原疾患が悪化する可能性もありえます。


 私たちがTh1/Th2細胞バランスを整えるには、抗原提示細胞への働きかけである程度可能なのかもしれません。この抗原提示細胞群を自然免疫や基本免疫と呼びます1)。自然免疫は獲得免疫に比べて学習、記憶して働くわけではないので、特定の異物に対して爆発的に作用したりすることはできませんが、異物の処理能力が早く、簡単な情報で仕事をこなしていきます。それゆえ、仕事場は粘膜、皮膚、腸管など異物とふれやすいところです。獲得免疫はより高い能力を発揮するためにリンパ節や血液の中で仕事をしています。特に抗原提示細胞の活発なところといえば腸のなかです。というのも腸のなかは多数の細菌がおり、私たちは常在菌を認識し、なかよく暮らしております。しかし、ある病原菌に対してはちゃんと敵と認識し、排除しようと戦いを始めます。また、日々、いろいろな食物が通過しますが、ほとんどのものを免疫寛容し吸収しますが、体にとって毒なものはアレルギーとして排除します。これらの分別作業の大半を抗原提示細胞が行っています。私たちはここに働きかけることは可能なのです。この方面の研究はクローン病(Th1優位)と潰瘍性大腸炎(Th2優位)との対比で多くなされています。クローン病と潰瘍性大腸炎は腹痛、下痢、血便など症状は全く同じなのですが、その病態形成における免疫異常が全く異なっており、また、近年増加傾向にありその原因究明が急がれている病気です。まだ、原因不明ですが、生まれつきの体質に加え衛生環境の変化(腸内の細菌の種類の減少)、食生活の変化(欧米化)などが抗原提示細胞の反応の変化をもたらしているものと推測されています2)
 現在、消化管の恒常性の維持ということで以下のことがわかってきました。
@脂肪:飽和脂肪酸(バターなど)とN-6不飽和脂肪酸(肉類など)は炎症をおこしやすくし、ひいては癌がおこしやすくなる。N-3不飽和脂肪酸(魚類など)はTh1/Th2細胞バランスを整え(全体的に抑えて)、炎症をおさえる作用がある3)
A糖:吸収の良すぎる糖の摂取は腸管のバリアー機能を低下させ炎症をおこしやすくする。クローン病の危険因子である3)
B蛋白:グルタミン、アルギニン(いわゆるうまみ成分)は腸管の恒常性を高める3)

C腸内細菌:大腸には3万種、1012個の細菌が存在するが、悪玉菌、善玉菌が存在する。納豆、ヨーグルトはこれらを改善する可能性がある。また、幼少児期の衛生環境に左右されている可能性がある4)
 消化管の恒常性の維持とは消化管の抗原提示細胞の安定化と言い換えてもよいのではないでしょうか?。
 私たちはワクチン等による獲得免疫を主に強化し、感染症を制御していこうと考えてきましたが、もしかしたら前線で戦っている自然免疫系の恒常性を保ち、速やかでかつ正確な初期感染防御を行うことのほうが重要なのかもしれません。また、それには「昔ながらの和食」が貢献するかもしれません。

                           平成23年2月21日
参考文献
1)高橋 秀実 : 免疫システムの新たな実体:基本免疫と獲得免疫 . 感染症誌 . 2006 : 80 : 463-468.
2)金井 隆典ら : 炎症性腸疾患:診断と治療の進歩 .炎症性腸疾患の病理・病態 生理 .
腸管免疫抑制機構の破綻による炎症性腸疾患の発症. 日内会誌 . 2009 : 98 : 12-17.
3)穂刈 量太ら : 消化管の恒常性維持と病態解明 . 消化・吸収機能からのアプローチ . 日内会誌 .
2011 : 100 : 126-132 .
4 )安藤 朗ら : 炎症性腸疾患:診断と治療の進歩 . 炎症性腸疾患の病理・病態生理 .
腸内細菌の役割. 日内会誌 . 2009 : 98 : 25-30.