マイコプラズマ肺炎ー重症化の機序ー


 
 マイコプラズマ肺炎が流行しており、今季は過去10年で最多の患者数となったことが報道されました(2011年1月23日 毎日新聞社)。
 マイコプラズマ肺炎に関しては以前このホームページに記載しましたが、マクロライド耐性は小児科領域ではやはり40%程度と高い傾向ですが、成人では依然まれな頻度のようです。マイコプラズマ感染症はその大半がいわゆる軽い風邪症候群で自然治癒し、仮にマクロライド耐性だとしてもマクロライド抗生剤の投与で軽快する病気なので、流行しているからといっても別に心配する必要はありません。しかし、私たち医師にとってはインフルエンザが流行している現在、また別な感染症も流行することは頭の痛い問題です。というのも、私たち医師はマイコプラズマ感染症をインフルエンザキットのように簡便に診断しているわけではなく、大半を臨床診断しているからです。マイコプラズマ感染症の診断法で最も頻用されているのは微粒子凝集法(PA法)ですが、急性期の診断には全く役に立たず、また、近年、期待されて登場したイムノカード法(10分でIgM抗体を検出する方法)も、健常者でも30%の陽性者が存在することや、感染後1年以上も陽性が持続することなどから急性感染を確定する方法ではなかったことが報告されています
1)。すなわち、初診時のマイコプラズマ感染を確実に診断する方法はないのが現状であります。その原因としてマイコプラズマの細菌構造の複雑性、不顕性感染の存在、マイコプラズマへの宿主の免疫機構の多様さ、マイコプラズマが自然界に広く分布していることなどが検査室診断を困難にしている理由と考えられています2)。さらにマイコプラズマ感染症を診療するにあたって厄介なのは、稀ではありますが、重症化する人がいることです。肺炎が重症化し、人工呼吸を必要としたり、髄膜炎、脳炎、肝障害をおこすことがあるのです。もちろん初期診断の決め手がないという理由より、診断の遅れと、適切な抗生剤投与の遅れが重症化のひとつの要因とも考えられますが、病初期より適切な抗生剤が投与されているのにもかかわらず急速に重症化する症例があることより感染に伴う過剰な宿主の免疫反応が主因と考えられています。
 ここで感染免疫について考えてみますが、感染免疫をすべて理解・記憶している医師は少ないと思います。それほど複雑で難解な学問なのです。かくいう私たちもそうでありますので概要だけ記載してみます。

 感染防御は以下の順ですすんでいきます。
@ 非免疫反応
物理的防御(鼻毛、気管支線毛など)、粘液中のリゾチーム、デイフェンシンなど。
A 免疫反応
T . 自然免疫:微生物に特異的なパターンを認識しており、機敏に反応し、日常の感染防御において主役をなしています。
U . 獲得免疫:後天的に学習して獲得した免疫なので、抗原特異性が高いかわりに反応に時間がかかります。しかし、非自己なら何に対しても反応できます。
  @ . 液性免疫:ヘルパーT細胞のTh2細胞が産生するサイトカインによりB細胞が活性化され抗体が産生されます。それにより菌体外毒素を中和し、細胞外寄生菌をオプソニン化しマクロファージによる貪食を促進、補体を活性化し溶菌させます。細胞外で増殖する一般細菌の増殖をおさえる役目があると思われます。
A . 細胞性免疫:ヘルパーT細胞のTh1細胞が産生するサイトカインによりマクロファージが活性化され細胞内寄生菌が殺菌されます。またキラー細胞が活性化されウイルス感染細胞が障害されます。細胞内で増殖する微生物(ウイルス、リケッチア、結核など)と戦う主役と考えられます。

 通常の細菌性肺炎の場合、自然免疫と適度の獲得免疫である液性免疫、及び抗生剤治療で治癒しますが、ここにマイコプラズマ重症化の鍵があります。マイコプラズマは一応、細菌に分類されていますが、他の細菌と比べて、細胞壁がなく、そのため細菌の中では最小で変形しやすく、外膜がしっかりしているという特徴があり、ウイルスに近い生物なのです。マイコプラズマ感染で重症化する人は細胞性免疫のTh1細胞が産生するサイトカインが強く関係していることが疑われています。また、本年6月の化学療法学会では同一人の肺炎内でTh1サイトカイン過剰反応を起こしている部位と、Th2サイトカイン過剰反応を起こしている部位が混在しているとの報告もあり
3)、興味深いところであります。
 細菌感染やアレルギーなどの免疫応答の鍵となるのが、Th1細胞と、Th2細胞の拮抗作用(Th1/Th2細胞バランス)であります。Th1細胞優位になりすぎると単一臓器の自己免疫疾患になりやすく、Th2細胞優位になりすぎるとアレルギー疾患になりやすいといわれその人の体質に大きく関与しています。Th1/Th2細胞バランスについては次回考えたいと思います。
 重症マイコプラズマ肺炎は、基礎疾患のない健常な30歳代で、男女差なし、喫煙と関係?などの臨床像が報告されています。治療はステロイドホルモンが有効とされています。血清診断が早期診断に無力であるため、CTでの早期診断が試みられています
1)
 現在、多くのインフルエンザの患者さんが来院され私たち医師は多忙ですが、発熱すなわちインフルエンザと決め付けない姿勢が重要と思われます。
                           平成23年2月7日
参考文献
1)宮下 修行ら : マイコプラズマ肺炎の特徴と話題 . 日本医事新報 . 2010 : 4507 : 44 − 48.
2)成田 光生 : マイコプラズマ感染症診断におけるIgM抗体迅速検出法の有用性と限界.
感染症誌 . 2010 : 99 : 31 - 37 .
3)田中 裕士 : 成人マイコプラズマ肺炎の最新のトピックス . 化学療法誌 . 2011 : 59 suppl :
71 - 72 .