高病原性真菌の日本上陸?― Cryptococcus gattii


 北米で集団発生が問題となり健康な人でも死亡することがある強力カビに、東京都内の40代男性が感染していたことがわかりました。 Cryptococcus gattii(クリプトコッカス・ガッテイ、以下C. gattii と略)という真菌で、国内初の感染例であります。この男性は北米などへの渡航歴などなく、日本国内での感染も疑われており問題となっています。
 日本で症例が散見される
Cryptococcus neoformans (クリプトコッカス・ネオフォルマンス、以下C. neoformans と略)は世界中に分布し、あらゆる環境に存在しますが、特に乾燥した鳩の糞を吸入することにより人に感染します。一般人口でのC. neoformans 感染症は10万人につき年間0.2 - 0.9 人の患者発生で、免疫力が低下した人に感染しやすいと考えられています。エイズ患者では感染がおこりやすく、1000人につき年間 2 - 4 人の患者発生がおこるそうです。動物では免疫の低下した猫エイズなどでは感染が成立するそうです。鳩は全く感染しないそうです。一方、C. gattii はオーストラリアや南米などに限局して分布しており、風土病的な病気でありました。C. gattii は高木の幹などに増殖し、その胞子を吸入することにより人に感染します。オーストラリアではユーカリの幹に増殖したC. gattii がコアラに感染し致死的になるそうです。ところが、1999年にカナダ・バンクーバー島において突然C. gattii の集団感染が発生して以来、少しづつ感染が周囲に拡大し、米国にまで被害が拡大するにいたりました。北米で分離されたC. gattii の遺伝子検査では熱帯地方で分離されるものとは異なり、動物実験ではより哺乳類に毒性の強いものに変化しているそうです。この北米での集団発生の原因としては、地球温暖化が原因視されており、気温が高くなるとカビの定着に対する木々の抵抗力が減じ、C. gattii が木々で増殖しやすくなり、木々が切り倒されたときに飛散し吸入感染したものと推測されています。また、C. gattii は様々な樹木、土壌、水、空気、動物(フェレット)から分離されており、蔓延の原因として人の靴裏や車のタイヤなどを介したものが推測されています。その臨床像はカナダ(1997〜2007年)の検討では患者218名の死亡率は8.7%であり、免疫不全状態であったのは38%にすぎなかったことが報告されています。米国(2004〜2010年)での検討では60名の患者中、転機が判明された45名中9名(20%)が死亡しており非常に高い死亡率を示しております。ただ、米国の報告では80%が何らかの基礎疾患を有していたそうです1)。いずれにしてもC. neoformans よりC. gattii のほうが人に対する毒力が強いようです。以下、C. gattii 感染症の問題点をあげてみます。

C. gattii 感染症の問題点。
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C. neoformans 感染症より重症化しやすい。
A免疫正常者にも感染しやすい2)。
B脳・髄膜病変を形成しやすい2)。
C血清反応(クリプトコッカス抗原)が陽性になりにくい2)。
D抗真菌薬が効きにくい2)。
E一般の細菌検査室では
C. neoformans C. gattii の判別が不可能。

         などの特徴が報告されています。
 もし、国内初の感染者が日本国内の環境内で感染したとすると大問題で、日本国内で集団感染をひきおこす可能性があります。感染ルートの解明と、日本国内での
C. gattii の環境調査が急務であると思われます。また、私たち医師は、健康な人の肺病変・脳・髄膜炎を診断したときや、北米からの帰国者で同様な患者を診断したときはC. gattii 感染症を念頭に置き、細菌検体をしかるべき研究機関に送付したほうが良いのかもしれません。
 感染症は環境の変化や人の移動にともなって日々変化しています。われわれ医療関係者は常に新しい情報を知っておく義務があると思っています。

                         平成23年1月13日

参考文献
1) 畠山 修司 : 真菌
Cryptococcus gattii の診断治療 . 日本医事新報 .
2010 : 4519 : 80 − 81.
2) 亀井 克彦 : 増えている輸入真菌症. 日内会誌 . 2010 : 99 : 31 − 37 .