疲労シグナルとヘルペスウイルスの再活性化


 ヘルペスウイルス科のウイルスのほとんどは、人体に初感染の後、潜伏感染します。これはいわば冬眠状態のようなものであります。私たちの体のなかには数種類のウイルスがどこかに眠っており、私たちの体調が変化したときに冬眠状態から目覚めて増殖を開始します。これをウイルスの再活性化や回帰発症といいます。代表的なものが、水痘帯状疱疹ウイルスです。子供の頃に水痘にかかると全身に水疱ができた後に軽快します。しかし、ウイルスは神経節のなかに潜伏し体調をこわしたときに帯状疱疹として発症します。いったん潜伏したウイルスは人体と生涯をともにします。ヘルペスウイルスは大型のウイルスで、そのDNAの半分を潜伏するのに使用しているそうで非常に進化したウイルスです。ひとに病原性をしめすヘルペスウイルスを表にします。

名称

略称 正式名称 初感染 再活性化 癌化

単純ヘルペスT型

HSV-1

HHV-1

歯肉炎・咽頭炎 口唇ヘルペス
ヘルペス脳炎
-

単純ヘルペスU型

HSV-2

HHV-2

外陰腟炎 性器ヘルペス 子宮頚癌

水痘帯状疱疹ウイルス

VZV

HHV-3

水痘 帯状疱疹 -

Epstein-Barr
ウイルス

EBV HHV-4
伝染性単核球症 慢性活動性EBV感染症 Burkttリンパ腫
上咽頭癌

サイトメガロウイルス

CMV HHV-5
CMV単核症 CMV肺炎 前立腺癌?

ヒトヘルペスウイルス6型

HHV-6
突発性発疹、
壊死性リンパ節炎
薬剤過敏性症候群 -

ヒトヘルペスウイルス7型

- HHV-7 突発性発疹


 私たちはこれらのウイルスに一生感染しないようにすることは現在の医学では無理なので、生涯、悪さをしないようにしてほしいわけです。すなわち、体のなかで冬眠しているのは良いけれど再活性化はして欲しくないわけです。一般的に再活性化の機序としては抗癌剤やAIDSなどの重篤な免疫不全をイメージしますが、実際には一見健康なひとにも突然発症します。再活性化の引き金として紫外線、ストレス、疲労、月経、神経に対する外科的侵襲、ある種の薬(抗けいれん剤、尿酸低下薬)などが考えられています。みずからの力で再活性化〜増殖し得るのはウイルスのなかでヘルペスウイルスのみで、進化したウイルスといわれる所以でもあります。
 疲労度の測定法としては数字を追う速さを測定するATMT(advanced trial making test)や指先の加速度脈波測定などさまざまな測定法がありますが、客観性や再現性に問題がありました。しかし、唾液中のヘルペスウイルスの量が疲労度を反映し、また定量も可能ということで注目を集めています
1)。測定されたウイルスは唾液中のHHV-6とHHV-7です。通常の労働をしている人のウイルス量はHHV-6 で500未満、HHV-7で数千個/ml であったのが重労働にともなってHHV-6 が5000個/ml 以上、HHV-7が10万個/ml 以上と著増していたのです。これらの変化はHHV-6 は休息で数日で低下し、HHV-7は休息でも低下するのに1ヶ月を要したそうです。変動のすばやさからHHV-6 を疲労度の優れたマーカーとして使用しました。しかし、強い過重労働では休息でもなかなかウイルス量が低下せず、また低下度にも個人差があることがわかってきました。疲労するとHHV-6 をふやす物質が増加するのでしょうが、その物質はまだわかっていません。おそらくなんらかのサイトカインなのでしょう。HHV-6 の再活性化は薬剤性過敏症症候群でよく研究がなされています2)。抗けいれん剤や尿酸を低下させる薬を内服後数ヶ月から数年後に重症薬疹が出現し、なかなか改善せず、ときに死に至り、改善しても重篤な後遺症を残す恐ろしい薬剤障害です。この発症にHHV-6の再活性化が不可欠らしいのです。しかも他のヘルペスウイルスも多数、再活性化しているのがみられるそうです。残念ながらこの病態においてもHHV-6再活性化の原因はよくわかっていません。
 慢性疲労症候群での検討では、HHV-6の再活性化は免疫の影響はあまりうけないことも推測されています。
 ウイルスのなかでも進化したヘルペスウイルスは、宿主の危機を察知すると活動を開始し、他の宿主に感染して移動するために多くのウイルス粒子を産生するのではないか?とも推測できます。
 彼らはなにをもって宿主の危機と感じるのか?、それが問題です。せめて、過度の疲労だけは避けるようにしましょう。
                    平成22年12月20日

参考文献
1) 近藤 一博 :ヘルペスウイルスで疲労を測定 . Medical tribune 2006 : 39 : 84 - 86 .
2) 壇 和夫 : 薬物による健康障害の早期発見とその対策―ウイルスの再活性化と多臓器病変を伴う重症薬疹 .
日本内科学会誌 . 2007 : 96 : 1883 :-1887 .