インフルエンザに抗生剤投与は必要?


 今年もインフルエンザ流行の時期になってきました。今年流行しているのは昨年流行した新型インフルエンザではなくいわゆる季節性インフルエンザのようです。両者に若干の相違点はあるかもしれませんが対処法に差はなく、私たちは特別に区別せずに診療していきたいと思っております。
 インフルエンザにはインフルエンザウイルスとインフルエンザ桿菌の2種類がありますが、一般的に、インフルエンザといえばインフルエンザウイルスのことを示しているものと思います。インフルエンザはウイルスなので抗インフルエンザ薬は有効ですが、抗生剤は効かないはずです。しかし、医師はインフルエンザと診断しながら抗インフルエンザ薬とともに一緒に抗生剤を処方したりしなかったりします。何故でしょう?。インフルエンザなのに抗生剤を処方するケースとして以下の3つの場合が考えられます。

@ インフルエンザウイルス感染とともに細菌感染が合併している場合。
A インフルエンザを疑うが、細菌感染(非定型菌〜リケッチアなど)の可能性も否定できない場合。
B 一部の抗生剤のウイルス感染重症化予防効果を期待して。
おのおのについて考えてみます。


@インフルエンザウイルス感染とともに細菌感染が合併している場合
 高齢者やCOPDの患者さんたちはインフルエンザ罹患後、しばしば、喀痰の増加、膿性痰の出現などが認められます。これはインフルエンザで気道上皮が障害され細菌が気道上皮に定着・侵入しやすくなるためと考えられています。しかも、インフルエンザウイルス感染と細菌感染が合併すると生態のダメージは相加的ではなく、相乗的に作用するということがわかってきました
1)。インフルエンザに細菌感染が合併すると、より重症化するということです。このようなリスクのある患者さんには積極的に抗生剤を併用すべきであるという意見も散見されます1)。インフルエンザのときに合併する細菌感染は、肺炎・気管支炎ですが、起炎菌は肺炎球菌が大半を占めると言われています。従って併用する抗生剤はペニシリンが適当です。後述するマクロライド系は肺炎球菌に80%が耐性となっており2)この目的で使用するべきではないと考えます。
A インフルエンザを疑うが、細菌感染(非定型菌〜リケッチアなど)の可能性も否定できない場合。
 発熱後早期に受診された場合、迅速診断は使用できず、インフルエンザかその他の感染症か迷うことがあります。できるだけ問診や身体所見で診断しようと努力しますが、鑑別がつきにくいことがあります。この場合インフルエンザと細菌感染に二股をかけて治療をしようというものです。かぜ症候群の原因微生物として10〜15%が細菌と考えられ、その内訳はA群β溶連菌、マイコプラズマ、クラミドフィラなどです
2)。これらの細菌を想定しながら抗生剤も処方するわけです。こういう使い方はできるだけ避けたいと努力したいと思います。
B 一部の抗生剤のウイルス感染重症化予防効果を期待して。
 マクロライド系抗生剤の一部にインフルエンザの症状を軽くするものがあることがわかってきました。これは抗生剤としての作用ではなく感染者の過剰な免疫応答(インターフェロンγなど)を鎮めるなど多彩な作用が報告されています
3)。この抗生剤の作用は以下のような特徴があります。
1) 作用が強すぎない
2) 多彩な生物活性をもっている
3) 宿主のバランスを整える作用がある
しかし、一般的には抗インフルエンザ薬でインフルエンザは治療可能で、抗インフルエンザ薬とマクロライド薬の併用で患者さんのデメリットはほとんどないとしても、薬剤耐性を考えると併用はあまり必要ないと考えられます。ただ重症化してしまった場合や将来鳥インフルエンザの人発症が起きた場合には重要な治療法となるでしょう。
 私たちは短い診療時間のなかで今回記載したようなことを考えながら薬を処方しているわけですが、考えたことすべてを患者さんに説明することは時間的に不可能で、その結果、投薬内容に疑問をもたれることもあるかもしれません。当院は院外処方ですが、疑問をもたれたらもう一度病院内に帰ってきて、看護婦か医師に質問してください。
                              平成22年12月13日


参考文献
1)関 雅文ら: インフルエンザ関連肺炎の重症化機序の解析と治療法の検討 . 感染症誌 2010 : 41 : 689 - 693 .
2)渡辺 彰ら : 抗菌薬の役割:かぜ / インフルエンザから肺炎まで .
日本内科学会誌 . 2010 : 99 : 99 - 116 .
3)佐藤 圭創 : 特集 新型インフルエンザ 炎症病態から考えた重症化抑制の試み .
日本医師会雑誌 . 2010 : 139 : 1501 - 1505 .