狂犬病ワクチン―うつべきか?うたなくてよいか?―


 
 狂犬病は日本では撲滅され国内で発病することはありません。しかし世界中では約5万人の死者をだしており、いったん発病したら死亡率100%の恐ろしい病気です。
 狂犬病清浄地域は日本、英国、アイルランド、アイスランド、オーストラリア等と非常に少なく、ほぼ全世界に分布しているものと考えられ、インド、中国などで多数発生しているようです。狂犬病ウイルスはすべての哺乳動物に感染するため、媒介動物はすべての動物です。アジアでは犬による被害が多く、北米ではコウモリからの感染が多いようです。コウモリからの感染では咬傷やひっかき傷のみでなく、洞窟内で霧状になった唾液の吸入や乾燥した糞の吸入などで感染した例があるので要注意であります
1)。このような場合、狂犬病にかかったという自覚がないため発症しても狂犬病と診断することは不可能でしょう(診断できても治療法がないのでしかたありませんが・・・)。また、犬でも咬傷のみでなく傷口をなめられるだけでも感染するので注意が必要です。潜伏期間はウイルスが侵入した部位によって異なります。神経を通過して脳に侵入して発症するわけですが、その進行の速さは1日に数ミリから数十ミリといわれており、脳に遠い下肢などを受傷したときは数ヶ月、顔だと2週間ぐらいといわれています。診断は血清診断ですが発症初期の確定診断はむつかしいそうです。発症後の有効な治療法はありません。予防のみです。そこで今回のテーマであるワクチンをうつかどうか??です。これは暴露前ワクチン〜渡航ワクチンのことです。日本でのワクチン接種方法は当日、1ヶ月後、6ヶ月後(WHO方式では当日、7日後、1ヶ月後)と6ヶ月もかかります。当院で行うと1回12000円×3回です。狂犬病ワクチンは多種あるワクチンのなかでもっとも高いワクチンなのです。しかも暴露前ワクチンを完全に施行していても狂犬病の疑いのある犬にかまれた場合はやはり2回の暴露後ワクチン接種がすすめられております。このように手間がかかるワクチンをCDCは狂犬病が発生している地域へ渡航するもののうち、獣医師、野生動物保護従事者、獣医学科の学生など狂犬病にかかりやすいもののみに接種をすすめています。
 従来、日本では狂犬病ワクチンはほとんど使用されることなく期限切れで大半が廃棄されていたようです。しかし、2006年フィリピンで犬に咬まれた日本人が2人狂犬病で死亡する事件があって以降、ワクチンが品薄になり暴露後ワクチン接種
*注釈1に支障をきたす恐れがあり、厚生労働省は狂犬病に罹患する可能性の高いひとに優先的に接種するように勧告しました。
 結論として、狂犬病ワクチンは高いコストと時間がかかるため渡航先や活動予定をよく考え、かかりつけ医とよく相談して接種を決定したほうが良いと思われます。
 不幸にも渡航先で犬に咬まれたり傷をなめられたり引っかき傷を負った場合、すぐ流水・石鹸水できれいに洗浄し、70%アルコールやポピドンヨードで創処置し、7日間は縫合をせず開放にし、暴露後ワクチン接種をします
*注釈1
 タイで17日間滞在した場合、10%が犬に咬まれたりなめられたりし、0.5%が暴露後ワクチン接種を必要としたという報告や、アメリカニューヨーク・セントラルパークで狂犬病のアライグマが発見されるなど、外国では 動物に近寄らない注意が必要です
2)3)
 日本では犬に咬まれても狂犬病のおそれはありません。日本では1956年以降、狂犬病の発生がないからです。しかし、現在、日本での動物への狂犬病ワクチン接種率は40%程度と推定されておりWHOガイドラインの70%をはるかに下回る成績で狂犬病防護対策としては全く危険な状態であります。狂犬病流行地のロシアから北海道に不法入国した犬の報告や、国外では、輸入したハムスターが人を咬み狂犬病を発症した報告もあり、今後、日本での狂犬病発生の危険性も皆無ではなく、動物へのワクチン接種徹底と人用のワクチンの安定供給が望まれます。

注釈1
 暴露後ワクチン接種:狂犬病ウイルスに暴露した後に発症を予防できる唯一の方法です。暴露前ワクチン未接種者は、当日、3、7、14、30、90日、の計6回皮下注(WHOでは当日3,7,14,30日、の計5回筋注)です。抗狂犬病免疫グロブリンは本邦にはありません。暴露前ワクチン接種6ヶ月以内なら、当日、3日の2回接種。6ヶ月以上経過していたら未接種者と同じです。発症したら治療法はありません。
 くれぐれも動物にかまれないように注意しましょう。


                     平成22年12月2日

参考文献
1)狂犬病 Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%82%E7%8A%AC%E7%97%85
2)中野 貴司ら : 海外渡航者のためのワクチンガイドライン . 第1版 , 協和企画 , 東京 , 2010 : 24 ? 28 .
3 )岡部 信彦ら : 予防接種に関するQ&A集 . 第5版, 細菌製剤協会, 東京, 2009 : 135 − 138.