強力な多剤耐性菌が拡散


 抗生物質がほとんど効かなくなる遺伝子をもった多剤耐性菌がインドやパキスタンで拡がり、両国に旅行したひとや手術をうけたひとがこの菌に感染し、自国にもどったあと死亡したことが報告され注意が喚起されました(2010年8月16日、時事通信)。この遺伝子はNDM-1(ニューデリー・メタロベータラクタマーゼ1)と名づけられました。NDM-1
は腸管の常在菌である大腸菌とクレブシエラ菌で検出されました。この遺伝子が日本に侵入してくる可能性と、どれほど危険性があるものかを考察したいと思います。

まず、細菌の抗生剤耐性について考えてみましょう。
抗生剤耐性のメカニズムには以下の機序があります
1)
 

1 抗菌剤不活化酵素の産生(抗菌剤を分解して効かなくする方法)
 A, βラクタマーゼ
a クラスA(ペニシリナーゼ)
b クラス B(カルバペネマーゼ)
c クラス C(セファロスポリナーゼ)
d クラス D(OXA型)
 B, アミノグリコシド修飾酵素
2 抗菌薬作用点の変化(抗菌薬の作用する部位が変化して効かなくする方法)
3 抗菌薬の作用点への到達阻害(抗菌薬が作用する部位に到達する前に邪魔をして効かなくする方法)

  NDM-1はAのbクラスBカルバペネマーゼに相当します。そしてこの薬剤耐性機序はすでに日本に存在し、むしろ欧米より本邦で多く出現しております。その一番の原因として、抗菌剤として一番広範に有効なカルバペネム抗菌剤の多用が考えられています。このメタロベータラクタマーゼ(カルバペネマーゼ)はほとんどのβラクタム剤を分解し、最も危険なβラクタマーゼといわれています2)。そして、βラクタム抗生剤とは現在最も本邦で多用されている抗菌剤です。実際、メタロベータラクタマーゼを保有している細菌はほとんどの抗菌剤が効かないのが現状です。すなわち、NDM-1に似た遺伝子を持った菌はすでに日本に存在するということです。また、NDM-1自体も日本に侵入してくる可能性は大きいと思われます。
 さて、一般的に薬剤耐性という機能は微生物にとっての本質である発育・増殖に使うべき代謝エネルギーの一部をこの機能にふりむけなければならず、不利となり、増殖が弱まる、すなわち弱毒化する傾向はあります。すべてがそうではありませんが一般的に多剤耐性菌は弱毒化の傾向になります。

 ここで細菌の病原性について考えてみます。
 微生物の病原性とは、微生物と宿主の組み合わせによって決まります。

1、 宿主のなかで増殖できるかどうか?
2、 宿主に病気をおこすかどうか?
3、 宿主への毒力(ビルレンス)はどうか?

  メタロベータラクタマーゼを保有している細菌は腸管内細菌であり、弱毒菌であるため一旦腸内に侵入しても他の細菌に負けて、いなくなってしまうと思われます。ただ、無菌的な部位(手術後など)で増えだすと非常に困るでしょう。当然、腸管内にいても病気をおこすことはなく、毒力もありません。
 メタロベータラクタマーゼを保有している細菌は健常なひとには病原性を示しませんが、手術後なのどの清潔な部位に入り込むと難渋するでしょう。つまり、爆発的感染症を起こす可能性は極めて少なく、この細菌の拡大の警告は医療者にむけられたもので、一般市民はなりゆきを見守るのみで良いのです。
                     
  平成22年9月1日
 参考文献
1)舘田一博、他 : 多剤耐性菌:どのようにして生まれ、拡がり、
そして病原性を発揮するのか . 日内会誌 . 2003 ; 92 ; 2097 ? 2103 .
2)山口 恵三、他:メタロβラクタマーゼ. 感染症 先端医学社:272 - 273 2008.
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