ダニ媒介感染症


 
 近年、アウトドアブームによって都会の人々が森林・山野に入る機会が増え、また殺虫剤が効かない耐性ダニが出現したことでダニ媒介感染症の脅威が以前にも増して問題となっており、当院にも山歩きなどでダニに刺された後に熱を出し、受診されるかたがときどきおられます。さて、このようなかたはどのような感染症の可能性があるのか考えてみましょう。
 ダニは非常に多様性に富む節足動物で、ぜんそくの原因になる家ダニや顔に常在するにきびダニや1センチにも成長するマダニなど、世界中で約2万種類のダニ類が知られています。このなかで人に感染症をおこすのは主にマダニの仲間です。マダニは日本中いたるところの草むらにひそんでいて人間や動物が近づくとその皮膚に取り付き数日かけて吸血します。その吸血されるときに病原体がひとに注入されます。その病原体とは1)ウイルス(ダニ媒介性脳炎群ウイルス)2)細菌(野兎病、アナプラズマ症)3)スピロヘータ(ライム病)4)リケッチア(紅斑熱群、つつがむし病、発疹チフス群、Q熱)5)原虫(バベシア症)ときわめて多肢にわたっております。
以下各病原体について考察してみます。
1) ウイルス
ダニ媒介性脳炎
:ロシアでの発症が全世界での50%をしめています。日本での報告は北海道でなされていますがきわめて希で、治療法もありません1)
2) 細菌
a) 野兎病:日本ではきわめて稀となり、米国やスウエーデンで流行がみられるようです。ダニ刺傷のみでなく、動物との接触でも感染します。症状は一般的熱性疾患で特徴はありません。診断も難しいと思います。テトラサイクリンで治療します。
b) アナプラズマ症:本邦でも存在が確認された新興感染症です。白血球の中の好中球に特異的に感染し増殖する特殊な感染症で、全身感染症の症状で治療が遅れると死亡することもあるそうです。治療はテトラサイクリンです。ライム病との混合感染があるそうです2)
3) スピロヘータ
ライム病(ボレリア症)
:北海道で報告が多くなされています。ダニが48時間以上皮膚にこう着しないと感染しないといわれています。こう着された皮膚に3日〜30日後紅斑が拡がっていくのが特徴ですが、その後の症状は不定でダニのこう着と紅斑に気づかないと診断は難しいと思われます。
治療はテトラサイクリンです。
4) リケッチア
つつがむし病、日本紅斑熱、発疹チフス
:発疹チフスは貧困・飢餓など社会的悪条件で流行しますが、ここ数年日本での報告はありません。しかし路上生活者には発生しうるかもしれません。
つつがむし病と日本紅斑熱は刺し口、発疹、発熱ということでは類似の病気ですが、日本紅斑熱はつつがむし病に比べて、より重症で、潜伏期間が短く、刺し口が小さく見つけにくく、手のひらにも発疹が出現し(つつがむし病は手のひらには発疹が出ません)、夏の暑い時期に発生しやすいという特徴があります。両疾患とも診断ができないと死に至る病気です。テトラサイクリンが著効します。このテトラサイクリンの効果は過剰な免疫反応を抑える(TNF-αというサイトカイン)作用もあることがわかってきました3)。
Q熱:当院の感染症のホームページに記載しております。治療はテトラサイクリンです。
5) 原虫
バベシア症
:マラリアに非常に良く似た感染症で、赤血球に原虫が感染します。米国北東部が流行地ですが、日本でも発生報告があります。しかし、きわめて稀な病気と考えられます。

以上、ダニはさまざまな感染症を媒介することがわかりましたが、不思議にテトラサイクリン系抗生剤がほとんど有効なのです。その反面、日常よく使われるセフェム系やペニシリン系抗生剤は無効であります。ダニに咬まれたあとから具合が悪くなったという認識をもつことと、それを正しく医師に伝えることが重要であると考えます。

最後に、大切なことは
1) 野外ではどこでもダニがいるものと考え、皮膚を露出しないこと。
2) 皮膚にくいついたダニをみつけたら頭部をピンセットなどでつかみゆっくり引き抜くこと。胴体をつかむとそのときに病原体が注入されますのでやってはいけません。素手ではできませんので難しいときは医者にかかったほうが良いかもしれません。
        
                    平成22年8月19日

参考文献
1)ダニ媒介性脳炎:
http://idsc.nih.go.jp/idwr/kansen/k02_g1/k02_04/k02_04.html
2)大橋典男 : 最近本邦でも確認されたアナプラズマ症、その実態と今後の課題 . 感染症誌 .
2010 ; 84 ; 512 ? 513 .
3)岩崎博通ら:リケッチア感染症の病態とサイトカイン動態からなにがみえてくるか .
感染症誌 . 2010 ; 84 ; 510 ? 511 ..

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